SUPER EIGHTのメンバーとして活躍する大倉忠義さん。
父親について検索すると、「鳥貴族」「年収」「家系図」「若い頃」など、気になるワードが数多く出てきます。
さらに近年は親子で公の場に登場する機会も増え、大倉忠義さんと父親の関係にもあらためて注目が集まっています。

大倉忠義さんは鳥貴族を継ぐのでしょうか?父親の年収や若い頃も気になりますね。
本記事では、大倉忠義さんの父親の年齢や年収、若い頃、家系図、兄弟、鳥貴族との関係まで、公開されている情報をもとに整理します。
大倉忠義の父は鳥貴族創業者の大倉忠司
まず気になるのは、「大倉忠義さんの父親は本当に鳥貴族の創業者なの?」というところでしょう。
大倉忠義さんの父親は、焼き鳥チェーン「鳥貴族」を創業した大倉忠司さんです。

引用画像:中日スポーツ
現在は、鳥貴族などを傘下に持つ株式会社エターナルホスピタリティグループの代表取締役社長CEOを務めています。
| 名前 | 大倉忠司(おおくら ただし) |
|---|---|
| 生年月日 | 1960年2月4日 |
| 年齢 | 66歳(2026年8月現在) |
| 出身地 | 大阪府東大阪市 |
| 職業 | 実業家 |
| 現在の役職 | エターナルホスピタリティグループ代表取締役社長CEO |
| 主な実績 | 鳥貴族を創業 |
| 子供 | 息子3人、大倉忠義は長男 |
鳥貴族の1号店がオープンしたのは、1985年5月1日。
大阪府東大阪市の俊徳道駅近くに、当時25歳だった忠司さんが「じゃんぼ焼鳥 鳥貴族」を開きました。
そして、その15日後となる1985年5月16日に長男・大倉忠義さんが誕生しています。
鳥貴族と大倉忠義さんは、誕生した時期がわずか約2週間違い。
2025年には、鳥貴族が創業40周年、大倉忠義さんも40歳という節目を一緒に迎えました。
大倉忠義の父・大倉忠司は何歳?若い頃と鳥貴族創業まで
鳥貴族を全国規模のチェーンへ成長させた忠司さんですが、最初から会社経営をしていたわけではありません。
高校時代のアルバイト、ホテル勤務、焼き鳥店での修行を経て、25歳で独立しています。
父・大倉忠司は2026年現在66歳
大倉忠司さんは1960年2月4日生まれです。
2026年8月現在の年齢は66歳。
長男の大倉忠義さんは1985年5月16日生まれで41歳なので、親子の年齢差は25歳です。
若い頃はホテルマン!飲食業の原点は高校時代
忠司さんが飲食業に興味を持ったきっかけは、高校2年生の夏に経験したビアガーデンのアルバイトでした。
焼き鳥やおでんを担当し、お客さんに喜んでもらえる楽しさを知ったことで飲食の道へ進みます。
- 高校時代:ビアガーデンでアルバイト
- 高校卒業後:辻調理師専門学校へ進学
- 卒業後:ロイヤルホテルのイタリア料理店に勤務
- 22歳ごろ:焼き鳥店へ転職
- 25歳:独立して鳥貴族1号店を開業
調理師を目指してホテルへ入りましたが、担当したのはホールの仕事でした。
そこで接客の面白さを知り、その後は地元の焼き鳥店へ転職。
調理だけでなく、接客や店舗運営、出店についても経験を積んだことが、その後の鳥貴族経営につながっています。
25歳で鳥貴族を創業!最初は赤字続きだった
1985年5月1日、忠司さんは25歳で「じゃんぼ焼鳥 鳥貴族」1号店をオープンします。
現在は全国的に知られる焼き鳥チェーンですが、創業当初から順調だったわけではありません。
最初の1年ほどは客足が伸びず、赤字が続く苦しい時期もあったと語っています。
転機になったのが、創業から約1年後に導入した全品250円均一でした。
オープン当初は150円、250円、350円と複数の価格帯がありましたが、思い切って均一価格へ変更します。
この均一価格が徐々に支持を集め、後の鳥貴族を象徴するスタイルへとつながりました。

25歳で独立しただけでなく、創業当時から全国チェーンを目標にしていたそうです。
大倉忠義の父・大倉忠司の年収は?役員報酬は1億円超
「鳥貴族の創業者」と聞くと、気になるのが大倉忠司さんの年収です。
ネットでは「年収1億円以上」といった数字も見かけますが、大倉忠司さん個人の現在の総年収が公表されているわけではありません。
一方、上場会社の役員として会社から受け取った役員報酬については、個別に開示された年度があります。
2024年7月期の役員報酬は1億1,481万5,000円
有価証券報告書に基づく公開データでは、大倉忠司さんは報酬1億円以上の役員として個別に開示されています。
| 年度 | 大倉忠司の役員報酬 |
|---|---|
| 2023年7月期 | 約1億30万円 |
| 2024年7月期 | 1億1,481万5,000円 |
2024年7月期には、会社から受け取った役員報酬だけで1億円を超えていました。
2024年7月期の内訳は次のようになっています。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 固定報酬 | 7,044万円 |
| 賞与 | 2,632万円 |
| 業績連動型株式報酬 | 1,805万5,000円 |
| 合計 | 1億1,481万5,000円 |
役員報酬と個人の総年収は別
ここで注意したいのが、役員報酬=大倉忠司さんのすべての収入ではないことです。
忠司さんはエターナルホスピタリティグループの大株主でもあり、株式から配当が発生する場合は役員報酬とは別の収入になります。
また、役員報酬そのものも会社の業績や報酬制度によって年度ごとに変動します。
正確に分かっているのは「2024年7月期の役員報酬が1億1,481万5,000円だった」ということ。
2026年現在の個人の総年収については公表されていません。

「年収1億円」と「役員報酬が1億円超」は同じ意味ではないので、ここは分けて見た方が分かりやすいですね。
大倉忠義の家系図は?兄弟は3人で「忠」の字を受け継ぐ
大倉忠義さんの家族について見ていくと、父親だけでなく祖父や兄弟とのつながりも気になるところです。
特に大倉家では、名前に使われている「忠」の一字に家族のつながりが表れています。
大倉家の家系図を簡単に整理
公開されている範囲で大倉家を整理すると、次のようになります。
| 続柄 | 人物 | 分かっていること |
|---|---|---|
| 父方の祖父 | 大倉忠太郎 | 玩具製造会社「大倉商店」を創業 |
| 父 | 大倉忠司 | 鳥貴族創業者 |
| 母 | 一般人 | 詳細は公表されていない |
| 長男 | 大倉忠義 | SUPER EIGHT |
| 次男 | 一般人 | 詳細は非公表 |
| 三男 | 一般人 | 詳細は非公表 |
ネット上では弟2人の名前なども出ていますが、2人は一般人です。
公に確認できない情報まで詳しく公表されているわけではありません。
「忠太郎→忠司→忠義」と忠の字を受け継いでいる
家系図で特に興味深いのが、祖父から続く名前です。
忠司さんは自身のブログで、祖父が大倉忠太郎さんだったことを明かしています。
自身の「忠司」という名前も、祖父の「忠」を受け継いだものです。
さらに、その一字を長男にもつなぎ、「忠義」と名付けました。
忠太郎 → 忠司 → 忠義
大倉忠義さんの「忠」は、父からだけではなく祖父の代から大切に受け継がれてきた一字ということになります。
大倉忠義は3人兄弟の長男
大倉忠義さんは男3人兄弟の長男で、弟が2人います。
父・忠司さん自身も、息子が3人いることを明かしています。
「鳥貴族の創業者に息子が3人いるなら、誰かが会社を継ぐのでは?」と思うところですが、忠司さんは後継者について以前からはっきりした考えを持っています。
大倉忠義は鳥貴族の役員?将来父の会社を継ぐ?
「鳥貴族創業者の長男」と聞けば、大倉忠義さんも会社経営に参加しているように感じるかもしれません。
しかし、大倉忠義さんは鳥貴族やエターナルホスピタリティグループの役員ではありません。
父の会社とは別の場所で、自分自身の仕事を築いています。
大倉忠義は鳥貴族の経営には参加していない
エターナルホスピタリティグループが公表している役員一覧にも、大倉忠義さんの名前はありません。
一方、大倉忠義さんは2024年に株式会社J-pop Legacyを設立し、代表取締役社長に就任しています。
父は飲食業、息子はエンターテインメント。
同じ「社長」という立場になりましたが、それぞれまったく違う分野で仕事をしています。
父から昔から「鳥貴族は継がせない」と言われていた
では、将来的に大倉忠義さんが鳥貴族を継ぐ可能性はあるのでしょうか。
2024年7月放送の『しゃべくり007』で大倉忠義さんは、父から昔から「継がせない」と言われていたことを明かしています。
忠司さんは、息子だからという理由だけで会社を任せる考えを持っていません。
「息子だから2代目」という世襲ではなく、会社を任せられる人材へつないでいく考えを以前から示しています。

「鳥貴族の御曹司=次期社長」というわけではないのですね。
大倉忠義さん自身も、芸能活動や後輩のプロデュース、自社の経営に取り組んでいます。
2026年8月現在、大倉忠義さんが鳥貴族を継ぐ予定は発表されていません。
参考:ORICON NEWS
大倉忠義と父・大倉忠司の親子エピソード
息子に会社を継がせないという忠司さんですが、親子関係が悪いわけではありません。
幼少期からのエピソードを見ると、お金や礼儀には厳しくしながらも、大倉忠義さんが選んだ芸能の道は応援してきた父親だったことが分かります。
御曹司でも新聞配達!お金では特別扱いされなかった
「鳥貴族創業者の息子」と聞くと、子供の頃から何不自由なく暮らしていた姿を想像するかもしれません。
ところが大倉忠義さんは、ジュニア時代に新聞配達のアルバイトを経験しています。
父親の事務所でアルバイトをした際にも、特別に高い給料をもらったわけではありません。
父から「地元のコンビニで一番安い時給を調べて来い」と言われ、それを基準に働いたというエピソードもあります。
有名チェーン創業者の長男だからといって、お金の面で特別扱いされていたわけではなかったようです。
ウソがばれて「家を出ろ」と叱られたことも
2024年の『しゃべくり007』では、子供の頃に父から本気で叱られた話も披露しています。
塾をサボった理由をごまかすため、不良に絡まれたというウソをついた大倉忠義さん。
忠司さんは息子の話を信じ、本気で相手を探そうとしたそうです。
そこでウソだったことを白状すると父は激怒。
「家を出ろ」とまで叱られ、大倉忠義さんは土下座して謝ったと振り返っています。
礼儀やウソには厳しい一方で、息子の話を聞いたときには本気で助けようと動いた父親でもありました。
仕事が少ない時期には「諦めるな」と背中を押した
大倉忠義さんの芸能活動については、忠司さんは一貫して応援しています。
ジュニア時代になかなか仕事がなく、大学進学など別の道を考えた時期もありました。
そのとき父から、今ここで諦めれば、この先も簡単に諦めるようになってしまうから気の済むまで続けろという趣旨の言葉をかけられています。
さらに大倉忠義さんは、幼い頃から父に「人の長所を見ろ」「諦めるな」と教えられてきたことも明かしています。
鳥貴族を継がせるのではなく、自分で選んだ道を最後までやり抜くよう背中を押していたのですね。
2026年には大倉忠義が「憧れは父親」と語る
子供の頃は厳しく叱られることもあった父ですが、大人になった大倉忠義さんは父への尊敬をはっきり口にしています。
2026年2月放送の『MEGUMIママのいるBar』では、憧れている人物を聞かれ、「父親かもしれない」と回答。
鳥貴族を大きな会社へ成長させた父について、「めっちゃかっこいい」と語っています。
国内で店舗を増やした後も海外へ進出し、次の目標を追い続ける父の姿を見てきました。
大倉忠義さん自身も会社経営を始めた現在、父が長年続けてきた経営の大変さを以前より身近に感じている部分もありそうです。
大倉忠義と鳥貴族の関係は?40周年コラボと親子共演
父親が鳥貴族の創業者でありながら、大倉忠義さんは長い間、鳥貴族との関係を前面には出してきませんでした。
そんな親子の関係が大きく変わったのが、鳥貴族が創業40周年を迎えた2025年です。
公の場での初共演、監修メニュー、1号店の復活、そして2026年のテレビ共演へとつながっていきます。
大倉忠義が「鳥貴族の息子」と公言しなかった理由
今では父との共演も増えていますが、大倉忠義さんは以前、自分から積極的に「鳥貴族の息子」と話していませんでした。
2025年4月の鳥貴族40周年記念コラボ企画発表会で、その理由を明かしています。
以前、父から「息子が所属する会社の名前で有名になりたくない」という趣旨の言葉を聞いたことがあり、それを気にして長く言わないようにしていたそうです。
父は息子の知名度に頼らず、息子も父の会社に頼らず、それぞれの仕事で歩んできたということですね。
2025年に鳥貴族40周年で公の場では親子初共演
2025年4月21日、鳥貴族40周年記念コラボ企画発表会で、大倉忠義さんと父・忠司さんが公の場で初めてそろって登場しました。
鳥貴族は1985年5月1日に創業し、その15日後に大倉忠義さんが誕生しています。
鳥貴族40周年と大倉忠義さん40歳が重なった年に実現した親子初共演でした。
会見では大倉忠義さんが父を見ながら冗談を言い、忠司さんがすかさずツッコミを返す場面もありました。
参考:中日スポーツ
大倉忠義監修の鳥貴族メニューも登場
40周年企画では、親子共演だけでなく大倉忠義さん監修のオリジナルメニューも登場しました。
「串ナゲットグリーン」と「ニラ玉グリーン」の2品です。
| メニュー | 特徴 |
|---|---|
| 串ナゲットグリーン | ささみを使ったナゲット串8本に、のり塩をトッピング |
| ニラ玉グリーン | むね肉のタレ焼きにニラと半熟卵を合わせたメニュー |
販売は2025年5月1日から各100万食、合計200万食の数量限定でした。
特に「串ナゲットグリーン」はSUPER EIGHTにちなんで8本入り。
忠司さんからは、ボリュームがありすぎて売れば売るほど採算が心配になるという趣旨のツッコミも入っています。

8本入りにした大倉忠義さんと、採算を気にする父・忠司さん。ここでも親子の違いが出ていますね。
なお、大倉忠義さんが鳥貴族の役員になったわけではなく、創業40周年を記念したコラボ企画です。
大倉忠義の提案で鳥貴族1号店「俊徳店」も復活
40周年企画でもう1つ大きな話題になったのが、鳥貴族1号店「俊徳店」の復活です。
俊徳店は駅周辺の再開発により2008年に閉店していました。
復活のきっかけとなったのは、2024年に大倉忠義さんが「1号店を復活させてほしい」と発信したことでした。
その声を受け、創業当時の雰囲気を再現した俊徳店が東大阪市に復活します。
鳥貴族が誕生した場所は、大倉忠義さんにとっても幼い頃から思い出のある場所。
単なる店舗復刻ではなく、鳥貴族と大倉家の40年をつなぐ場所にもなりました。
2026年8月8日に父と地上波バラエティー初共演
そして2026年8月8日、復活した「鳥貴族 俊徳店」が再び親子共演の舞台になります。
カンテレ特番『SUPER EIGHTと8人の関西大物MCたち~(祝)凱旋!OSAKA愛♥忘れてまへんか?ツアー~』で、大倉忠義さんと父・忠司さんが地上波バラエティーで初共演しました。
しかも忠司さんの登場はサプライズ。
大倉忠義さんも父が来ているとは思っておらず、驚いた様子を見せています。
忠司さんはテレビに出ている息子について語りながら、普段の忠義さんを「アホですね」とイジる場面もありました。
2025年の公の場での初共演から、わずか1年ほどで地上波バラエティーでも親子共演が実現。
長く互いの仕事に頼らず歩いてきた2人ですが、近年は節目のタイミングで一緒に登場する機会が増えています。
参考:ORICON NEWS
まとめ
大倉忠義さんの父・大倉忠司さんについて、年収や年齢、若い頃、家系図、鳥貴族との関係をまとめました。
- 父親は鳥貴族創業者の大倉忠司
- 大倉忠司は1960年2月4日生まれで、2026年8月現在66歳
- 高校時代のビアガーデンをきっかけに飲食業へ進んだ
- ホテル勤務や焼き鳥店での経験を経て、25歳で鳥貴族を創業
- 2024年7月期の役員報酬は1億1,481万5,000円
- 現在の個人の総年収は公表されていない
- 大倉忠義は男3人兄弟の長男
- 祖父・忠太郎から父・忠司、忠義へ「忠」の字が受け継がれている
- 大倉忠義は鳥貴族の役員ではない
- 父は以前から息子たちに鳥貴族を継がせない考えを示している
- 2025年には鳥貴族40周年で公の場で親子初共演
- 大倉忠義監修の限定メニュー2品も販売された
- 大倉忠義の提案をきっかけに1号店「俊徳店」が復活
- 2026年8月8日に地上波バラエティーで親子初共演
「鳥貴族の御曹司」というイメージが強い大倉忠義さんですが、子供の頃から特別扱いされたわけではなく、自分でアルバイトをしながら芸能活動を続けてきました。
父・忠司さんも会社をそのまま息子へ渡すのではなく、自分で選んだ道を諦めずに進むよう背中を押してきたことが分かります。
現在は大倉忠義さん自身も会社を立ち上げ、後輩のプロデュースや経営に携わる立場になりました。
2026年には父を「憧れの人物」として挙げるまでになった大倉忠義さん。
鳥貴族を直接継ぐ形ではなくても、父から教わった「諦めない姿勢」は、現在の仕事にも受け継がれています。
大倉忠義の結婚相手は誰?妻との馴れ初めやいつから付き合っていたのか調査

